長時間の利用は勧められない

まんが・インターネットカフェ、その歴史

プライバシーの問題

まるで自分の部屋のように利用する人もいる中で、インターネットカフェはその需要に応えるかのような、そんな動きすら見られる。シャワー室にしてもそうだが、日焼けマシンなどほんとうに必要なのだろうか。訪れた人全てが使うとは限らないし、おまけに使われたとしても1月に1度か2度、動いていれば十分だろうと個人的に考えている。そもそもインターネットカフェに来て、日焼けマシンを使うという発想自体にならない。そうなるという人がいたら、一度その頭を解体してどうして思うのか、その仕組を調べたいところだ。

インターネットカフェは基本、公共の場であるという意識を忘れてはならない。自宅の自室と同等に扱う人は、そこを自分の家と錯覚しているかもしれませんが、それはまずありえない。いくら行き場が無いからといって、どうしてインターネットカフェに長期宿泊めいた行動をするのかが、疑問で仕方がない。食べるものがある、シャワーも使える、言うことなしだと力説されても、筆者には疑問符しか浮かんでこない。

そんな環境下では、自身のプライバシーなど紙切れ同然のものだ。そしてその悪態が今の時代、簡単にネット上にバラ撒かれてしまうという危険性もすぐ隣に居合わせている。恐らく理解している人はごく少数だが、これは一般に利用している人も該当する。

無いものと思え

長時間の利用が勧められないのは、自分が何をしていたかがまるわかりだという点を危惧して提起しているのです。自分は他人に興味はなくても、店内にいる人の中には誰が何をしていて、インターネットでどんなものを見ているのかを知りたがる人は、どうしてもいるからだ。見られて不愉快に感じることはない、それこそ成人向けの作品を熱心に視聴する姿など、到底見せられたものではない。見ているわけ無いだろうと思っている人は、考えを改めた方が良い。のぞき見する人は男女関係なく、存在しているものです。

そもそも公共の場でプライバシーを主張するとなったら、あまりに矛盾が伴います。窃盗などの犯罪に遭遇すればまた話は別ですが、店内で覗かれたからといってそれを誰が悪いと言える権利は何処にもないのです。私室のように扱っている人をたまに見かけることもありましたが、気をつけようとよく思ったものです。

問題が大きくなったため

インターネットカフェをめぐる問題は年々増加し、こんなところを利用するだけの価値はあるのかと、問いかける人も増えてきた。情報の流出や自身が見たものの閲覧履歴などもまた、基本誰にでも見られていると思ったほうが良い。というのも、筆者はかつて興味本位でパソコンに残されているインターネットの閲覧履歴を表示させてみたところ、どんなサイトを見ていたのかが丸わかりに残されていたのです。危機感がなさすぎると同時に、こうならないよう気をつけようと思うきっかけにもなった。

しかし問題意識が低いのか、一向に是正することなく、むしろ新手の問題が問題を呼び込んでいき、悪循環とはまさにこのことだとばかりに酷い惨状だったという。以前まで身分証明証の提示を義務付けていなかった事もあって、深夜営業をしている店舗に未成年が訪れるなども発生したため、インターネットカフェの存在理由が問われるようになった。

営業規制が発動

インターネットカフェが完全会員制に移行したきっかけは東京都の条例で、2010年3月に施行された『インターネット端末利用営業の規制に関する条例』がそれに当たる。これに伴い、都内全域でインターネットカフェが会員制にシフトし、また一部の店舗では経営方針の転換が求められた。具体的には、

  • まんが喫茶へと変更
  • 事業撤退
  • パソコンを非会員にも開放

などだ。中には経営そのものを退く形になってしまったケースもあることから、問題の大きさはそれほどだったことが分かるはず。条例は法律とは異なるものの、その効果は高い。知らなかったからといって、言い逃れできるものではないため店側は徹底していかなければならない。筆者も経験があるが、未成年に対する有害図書の販売を禁止する条例では、本屋で勤務していた頃は駄々をこねる未成年者に懇切丁寧な説明をしたものだ。

長期的な使用者が事実として存在しているかもしれないが、インターネットを生活の中心とする考え方は正す必要がある。

これからの展望

さて、今後インターネットカフェがどのようになっていくかを少し考えてみる。一言で言えば、これ以上発達することはないだろう。むしろ情報を扱う利器が増えれば増えるほど、その需要性が失われ、益々商業施設ではない、ホテル事業といった側面を強調する店舗が出現しかねない。まんが喫茶へとシフトするのもありだが、それでも人が滞在しやすい環境を作りすぎるのも問題として考えるべき点といえるでしょう。

いくら求める声があったからといって、衛生面を確保できないような経営をする店舗が増えるのはどうか。いずれインターネットカフェと呼ばれるものが、尽く存在感をなくし、やがて無くなる日が来る可能性も少なくない。情報化社会になってしまったがため、インターネットカフェというものの利便性はより一層その意味を失いつつあると、現状言えるでしょう。